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ゼロ金利解除 私はこう見る - 藤原作弥氏

朝日新聞経済欄「ゼロ金利解除 私はこう見る」(7月22日)
元日銀副総裁の藤原作弥氏へのインタビューです。

なお21日(金)の掲載はありませんでした。

――副総裁時代にゼロ金利、量的緩和政策を導入しました。今回のゼロ金利解除への評価は。

「副総裁になったのは日本経済がどん底の98年3月。日本の復活を夢見た立場からすると、いささか感傷的だが、解除を金利正常化の第一歩として高く評価したい。設備、負債、雇用という企業の『三つの過剰』は解消され、不良債権問題もメドがついた。消費者物価指数も安定的に前年比でプラスとなり、金利復活へ基板は整っていた。解除のタイミングは適切で、息の長い成長が展望できる」

――00年8月にもゼロ金利解除しながら、再びゼロ金利に戻しました。

「与えられた条件の下では、当時の解除の判断は妥当だったと思う。00年秋に米国のIT(情報技術)バブルが崩壊し、経済のファンダメンタルズ(基礎的な条件)が大きく変わった。その影響を免れることはできなかった。『金融政策の失敗』という見方もあると思う。やや弁解じみた言い方だが、情勢や状況の変化を見て機敏に対応するのが金融政策だ」

――量的緩和やゼロ金利政策の果たした役割を、どう総括しますか。

「当時は薄氷を踏む思いで窮余の策を繰り出した。地雷原を歩むような気持ちで未知の実験をしてきたことは確かだ。デメリットはあるかもしれないが、景気を下支えする効果があると思われる手段ならば、すべてつぎこむ覚悟だった。それだけの非常事態だった。結果を見れば、その効果は十分あったと言える」

――福井俊彦総裁の村上ファンドへの投資問題を、どう見ますか。

「総裁就任時に、身をきれいにしておくべきだった。非常に残念だ。本人は深く反省し、謝罪も何度も述べている。再発防止のルールもつくった。職責を全うすることで責任を取ると言っている以上、あとは本人の判断に任せるしかない」
「金利復活という新しい政策局面に移った段階で、福井総裁は余人をもって代え難いと思う。金融政策の責任者としての能力は高く、国際金融の世界ではいまや最も存在感がある。個人的には辞めるべきではないと思う」

――しかし、日銀の政策への信頼も揺らいだのではありませんか。

「金融政策への信認、日銀そのものへの信認と二重の悩みがあったとは思うが、金融政策は9人の独立した政策委員の集団討議制が確立している。総裁の投資問題があっても、金融政策とははっきりと区別できる。とはいえ、厳しい状況のなかでよくゼロ金利解除を決断したと思う」

――政府・与党がゼロ金利解除への慎重論を控えるなど、投資問題で、日銀は政府・与党に『借り』をつくったという見方もあります。

「政府と日銀は、持続的な日本経済の安定成長という同じ目的をもっている。財政政策と金融政策は同じ車の両輪であり、同じ方向を向いている。貸し借りの図式で考えるべきではない。信頼回復のためにも、日銀は粛々と仕事をこなしていかないとならない」

(聞き手・海東英雄)

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2006年07月22日 未分類 トラックバック:0 コメント:0












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